Vol.64 『落ちない君』
Vol.64 『落ちない君』
ペンギンのぬいぐるみ、ペンちゃんは、
長いこと埃をかぶって、ステレオの裏に置き忘れられていました。ペンちゃんは思っていました。
「いつ、僕は日の目をみるんだろうか?
このまま忘れられて、いつか捨てられるんだろうか?」
かなしい気持ちで、すぐそばのパソコンデスクで、
お父さんやお母さんが仕事をしているのを見上げていました。
ある日、お父さんがステレオ廻りの大掃除をしました。
「あれ?こんなところにペンちゃんがいる!」
お父さんはペンちゃんを拾い上げ、
掃除機で隈なく埃をとって、
ステレオの特等席、スピーカーの上に据えたのです。
ペンちゃんの喜びようといったら!
なにせ今ではスピーカーの上であたりを睥睨しているのですから。
ところで、ここにペンちゃんを置くようになってから、
不思議なことがあったのです。
ペンちゃんは決して落ちないのでした。
掛けてある洗濯物が触れても、
ちょっと腕がこすってしまっていても、
ペンちゃんはなぜか落ちないのでした。
お母さんは考えました。
「これは、ほっておく手はないわ」
そして「落ちない君」と名付け、
ペンちゃんは一匹しかいませんから、
知り合いの洋裁屋さんに頼んで、
そっくりなペンギンのぬいぐるみを、
多数つくってもらったのです。
そして、「落ちない君~霊験あらたか」とポップをつけて、
街の雑貨屋さんに置いてもらいました。
落ちない君を試しに買った、
英検準二級の発表を控えた女性は、
ほんとうに「落ちず」、
喜んでお母さんのホームページにお礼を書き込みました。
そう、お母さんはちゃっかりと、
WEBでの販売も進めていたのです。
Twitterで火が付き、落ちない君は飛ぶように売れだしました。
本家本元の、お父さんとお母さん宅の落ちない君は、
ちょっと自慢気に、スピーカーの上で、
足を踏ん張って、立っています。
製造が追いつかなくなった落ちない君を、
お母さんは他国に製造を依頼しました。
ところが、落ちない君のちからは、
日本でしか通用しないらしく、
国産以外の落ちない君は、いとも簡単に落っこちるようになったのです。
お母さんは慌てて他国での製造をやめ、
予約販売のかたちで、国産にこだわりました。
どうも、本家本元の落ちない君の魔力で、
国内で大量生産された落ちない君は、
落ちないちからを得ましたが、
他国のペンギンのぬいぐるみとは言葉が通じず、
ペンちゃんは困ってしまっていたのでした。
ペンちゃんは予約販売を待っているペンギンと交信し、
落ちないちからを授けました。
こうしていろいろなお宅に買われていった落ちない君は、
それぞれのリビングや、ダイニングに据え置かれ、
「落ちたら困る」事情を抱えた人々を、
がっちりと守っているのでした。
お母さんはすっかり起業家として独立し、
お父さんの収入より多いくらいのお金を稼ぎました。
それもこれも、お父さんが落ちない君を救出し、
綺麗にしてスピーカーの上に置いてくれたおかげです。
いまや、落ちない君は神棚をあつらえてもらって、
中に鎮座ましまして、お水とごはんと榊を備えられ、
なんだか神様っぽくなりました。
商売繫盛の熊手も、ちかくに飾られてあります。
落ちない君は、重責にちょっと困っていました。
「スピーカーの上で踏ん張ってる方が楽なんだけどなあ。
神様の仕事は疲れるよ」
そういいながら、今日も次々送り出される落ちない君たちに、
念を送っているのでした。