Vol.59 『神猫さま』
Vol.59 『神猫さま』
氷川神社という、歴史の古い、大きな神社があります。
そこには時折、神猫さま(しんびょうさま)が現れます。
神社のお使い、あるいは守り神、
と私どもは思っているのでした。
やはりねこですから寿命はヒトよりも短く、
私どもがお参りするようになってから、
何度か代替わりしているようでした。
いちど、主人が塾の受験生の合格を祈りに行ったとき、
そのときの神猫さまは、賽銭箱の前を行ったり来たり、
うろうろして落ち着きません。
翌朝、合否が分かり、その子は残念ながら不合格でした。
いま思うに、神猫さまは、
「困ったのう。わしはこの者の願いを聞いてやりたいが、
結果は分かっておるんじゃよ。
でも、この者の一生懸命な気持ちは叶えてやりたいし・・・。
困ったのう」
と、行ったり来たりなさっていたんだと思います。
その神猫さまは茶っぽい毛色でしたが、
黒猫さまもおわしました。
その神猫さまは、まったくヒトを恐れず、
悠々と賽銭箱のあたりを横切ると、
端っこの方に行って、肉球を見せつけるように座って、
毛づくろいなどなさるのでした。
その氷川神社のあたりにはねこさんが多く、
通称ねこ屋敷がありました。
ねこ屋敷の奥さんは気のいい方で、
野良ねこさんたちに、ご飯を上げていました。
やはり、ねこ、とくに野良ねこさんは寿命が短く、
わたしどもを散々楽しませてくれた、個性豊かなねこさんたちも、
いつの間にか風が吹きすぎるようにいなくなり、
新顔のねさんに替わっているのです。
もともと、私どもの住むあたりはねこさんが多く、
東の横綱、またさん(勝手につけた呼び名で、
ねこまたに通じる神がかったものを持ったねこでした)、
西の横綱、クックさん(これは、そのあたりで共通した呼び名で、
飼い猫か、そうでないか、判然としません)、
この2匹がここら一体のねこさんの総元締めらしいのでした。
またさんは、娘の茶白を従え、
ごはんのもらえるマンションへの忍び込み方を教え、
それを私どもに見られたのがたいそう悔しかったらしいのでした。
また、クックさんは妖術を使うのか、
ネズミがふらふらとクックさんの方へおびき寄せられ、
クックさんはそのネズミをがぶりとくわえ、
ネズミの血がだらだらとクックさんの胸に滴っていたこともありました。
そんなねこさんがいる一帯をちょっと離れたところにも、
個性的なねこさんはいっぱいいました。
三毛猫で、ちょっと灰がかったねこさんを、
私どもはみけちゃんと呼んでいました。
みけちゃんは主人が好きらしく、
主人がすぐそばのコンビニで買い物をし、
帰ろうとすると、
遊びに行こうとしていたのを中止し、
おうちの前に戻って主人と遊んで下さったのです。
(間違ってもヒトが遊んであげた、などと言ってはいけません。
遊んでくださるのです)
最近では、奥さんがスイミングに行く途中の公園に、
チビちゃんとよんでいた茶トラのねこさんがいました。
チビちゃんは野良でしたが、
公園のアイドルで、みんなチビちゃんが好きでした。
あるおじいさんは、自転車を止めると、
「ちびり~ん、ちびり~ん」と呼んで
出てきたチビちゃんを可愛がっていました。
しかし、役人の馬鹿者が、事情も知らず、
「猫に餌をあたえないでください」と、
立て看板を立てました。
ねこは排泄しても、自分で始末をします。
犬を悪者にするつもりはありませんが、
犬の排泄物を片付けず、知らん顔して行ってしまう飼い主も、
結構おおいのです。
あるおねえさんが、チビちゃんが飢えて死んでしまうと、
ごはんを上げていました。
役人はそれを咎めました。
おねえさんは、毅然としてチビちゃんを胸に抱きあげると、
「あたしが連れて帰ります」と言って、
チビちゃんをおねえさんのおうちに連れて帰ってくれました。
チビちゃんは、いま、どんな暮らしをしているのでしょうか。
優しいおねえさんのもとだから、きっと大丈夫だと思います。
私どもは思います。
チビちゃんも、ある種の神猫さまだったのでは?と。
奥さんはチビちゃんのおかげで、
クロール25mが泳げるようになりました。
でも、もう飼い猫になってしまったので、
会うことが出来ません。
あらたな神猫さまの出現を待つばかりです。